綺麗な綺麗な人ね、母様《かあさん》。』
 こんな問答を七瀬とした。夕飯《ゆふはん》を済ませて明るいうちに床《とこ》を敷いてしまつた。麟に狐の子供と鳩ぽつぽのお伽噺をして聞かせた。金尾さんが来た。蒲原《かんばら》さんへ行つた帰りださうである。道に迷つて線路の上の脆《もろ》い土の所で落ちようとした時汽車が通つた。浅草の観音様の守つて下すつたのだなどゝ云ふ話をするのであつた。江南さんと秋子さんが来た。結婚届に印を押してくれと云ふことだつたから、良人《をつと》の名や生月《せいげつ》を書いて印を押した。原籍地には大字《おほあざ》から小字《こあざ》まであるのであるから私が覚えて居る筈もない。書附《かきつけ》を見ながら書いたのである。三人が帰ると急に寒い気がしだした。服部|嘉香《よしか》さんへ書く返事を明日《あす》に延《のば》して寝た。
 十二日
 良人《をつと》の手紙が着いた。船に乗る事は万一の時の事にして必ず汽車で来るようにとまた書いて来た。夏の日に熱帯地を通るのは困難でもあらうが顔色が黒くなるだらうと私はそんな事も厭に思つて居る。午後|生田《いくた》さんが見えた。煙草《たばこ》のいろいろあるの
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