ら進んで請求したように伝えられてあるが、果して然《しか》りとすれば飛《とん》でもない心得違である」といわれましたが、これは弘化《こうか》年度に生れて今まで存在《ながらえ》ている老人《としより》の言草《いいぐさ》のように聞えます。離婚は講和《こうわ》でなく戦争です。宣戦の布告を先に出すという事は双方の自由であって、先に出した方が勝利に帰する例も少くない如く、離婚の場合にも都合の好い事かも知れません。離婚は笑って出来る事でなく互に気拙《きまず》くなって致す事ですから、既に離婚せねばならぬ状態に立到った以上その場合にまで夫唱婦和を強いるのは実際の人情に通ぜぬ迂濶《うかつ》な御考です。昔の歴史を見ましても后《きさき》の方から御離別を申し出《い》でられた例《ためし》はしばしば御座いますけれど、それが御歴代の御聖徳に影響しているとは思われません。石之姫《いわのひめ》が筒木宮《つつきのみや》に怒《おこ》って籠《こも》られ、帝《みかど》をして手を合さんばかりに詫言《わびごと》を申さしめ給いし例などは随分|烈《はげ》しい事ですが、それが仁徳《にんとく》帝の御徳を煩《わずらわ》しているでもなく、帝は現に今
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