といわれました。また近頃|中島徳蔵《なかじまとくぞう》氏は「今度の戦争について、国家のためか、主権者のためか、と問うなら、彼ら欧米人は一斉に――恐らく独逸《ドイツ》を除いては――「否、人民のため、自己自身のため」と答えるに躊躇《ちゅうちょ》しないであろう。ウィルソンに柔順に服従することは普通の常識的言明で、実は自我が創造し是認した権威に自我が服従するに外ならぬ。服従とは一種の自由である、自我主張である」と言われました。こういう差別の内に平等を抱き、部分の中に全体を含むそれ自身の発展作用を人生だとすれば、人間は共同生活に浸りながら個人の絶対独立を実現することが出来るのです。相対的な経済的独立は、要するに悠久な人間生活の過程に姑《しばら》くその絶対独立の一つの因素となるに過ぎません。
しかし山田さんの奇抜な独立否定説が必ずしも確信を持って述べられていない証拠には、山田さんは同じ文章の中で「私たちは……他人から独立を輔佐《ほさ》され、いわゆるもちつ[#「もちつ」に傍点]、もたれつ[#「もたれつ」に傍点]して生きて行くものだと思います」といい、「精神上の独立を保ちながら充分なる収入を得ている人もありましょう」といっておられるのを見受けます。議論としては一貫しませんが、とにかく一方に補佐される独立や、立派な精神上の独立やの存在することは認めておられるのです。
平塚さんと山川さんとは決して独立の否定などはされないのですが、前者は私と方法を異にして「母性の保護こそ女子の経済的独立を完全に実現する唯一の道」であると主張され、後者は平塚さんの母性保護も私のいう意味の経済的独立も、現実の問題としては「共に結構であり、両者は然《しか》く両立すべからざる性質のものでなくて、むしろ双方共に行われた方が現在の社会において婦人の地位を多少|安固《あんこ》にするものだと考える」と穏健な仲裁的意見を述べられると同時に、しかしながら、現在の経済関係という禍の大本に斧鉞《ふえつ》を下そうとしない点においては両者とも「不徹底な弥縫策《びほうさく》」であるといって女史自ら一段高い地歩を占めたと思われるらしい立場から非難されております。
平塚さんに対しては後にいうとして、私は山川さんに申上げて置きます。私は人間の独立に経済的因素が絶対の必要だとは考えず、あくまでも相対的の必要であると思っています。その必要も人間の進化が精神的に高まって行くに従って減少して行かねばならぬ性質のものです。人間が真の福祉に生きる理想生活の実現される時は経済的労働から解放された時であろうと思います。この意味において、私は資本主義的経済関係に束縛されている現在の低級な人類生活を、更に層一層より[#「より」に傍点]善き理想的秩序の中へ進化させようとする共通の目的において一致した凡ての新思想と凡ての新主義に味方する者です。山川さんがこれを反対に忖度《そんたく》して、私の議論が専ら資本主義の勃興《ぼっこう》に伴う社会的変化を顧慮し、その範囲において「かかる難境を無難に漕《こ》ぎ抜けるにはどう[#「どう」に傍点]したら好いかという問題を中心としている」といわれたのは、それは花の日会や救世軍などの慈善運動に奔走する婦人たちにこそ適評となるでしょうが、私に対しては「否」という外はありません。
しかし千里の路も一歩から初めます。人間生活は長足の進歩をしたとはいえ、高遠な理想生活の全階段からいえば、まだ物質的条件が優勢な位地を占め、主客|顛倒《てんとう》して、財貨の多少が精神生活の上にかえって支配権を持つほどの低級な階段にある以上、私たちはこの眼前の事実を無視する訳に行かず、それが必要である限り、一方に経済生活を充実させることに由って精神生活を維持し、向上し、現在の社会状態に身を置きながら、それと反対の高遠な理想生活の方へ自己の全生活を照準し、現在の境遇と実力との可能な範囲において、社会状態を手近なるより[#「より」に傍点]善き秩序の下に次第に征服し、改造して前進することが唯一にして且つ聡明な仕方だと思います。現代の倫理学、経済学、法律学、社会学、美学、政治学の凡てが、この意味の生活改造を私たちに暗示しないものはありません。
私は山川さんの立場とせらるる社会主義とても、それが物質的社会主義の範囲にある間は、決して絶対最高の理想生活に応じるために設けられる絶対最高の社会的秩序ではなくて、物質的条件の必要な現代生活を眼中に置いて、資本主義的精神と金銭万能主義との不法に優勢である社会状態の中に住みながら、それを幾段か高い、より[#「より」に傍点]よき秩序に拠って改造しようとするに外ならないと思います。
私は「より善き秩序」のいくつも提供されることを望みます。私が前に、共通の目的におい
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