て一致した新思想と新主義との凡てに対する味方であると述べたのはこの意味です。そうして、カントのいわゆる「各人に属する、天賦の、唯一の権利」である自由独立の生存を危険にする限り、資本主義の排斥されねばならぬことは、今日において明白な問題ですから、これに代る正当な経済生活の新しい秩序を要求することは、無産階級にある私たちに取って一層痛切なものがあります。しかし米田庄太郎氏がいわれたように、人類は盲目的に新しい社会的秩序を贈られてはなりません。「これを受くるためには、人類は大に奮闘しなければならぬ。つまり、目的意識的に新しい社会的秩序を造るべく努力せねばならぬ」と思います。
山川さんは、私の文中に「経済的に独立する自覚と努力とさえあれば」といい、「富の分配を公平にする制度さえ人間が作れば」といったのに対して、この二句の間に矛盾のあることを指摘されましたが、私のいうのは、そういう自覚と努力とが各人自身に必要である人間が個人主義的に動き出せば、個人主義の徹底である共同責任主義へ向わずには置かず、そういう精神的にも経済的にも独立的意志の堅実な個人が集って団体生活を理想的に整頓しようとするなら、経済的には富の分配を公平にする制度が相互一致の中に実現されるに違いないという意味であったのです。矛盾はないと思います。
山川さんは「そういう制度が作られていない現代においては、個人の自覚と努力だけで貧困を免れることは出来ない」といわれましたが、制度は個人の多数が意識的に作るのです。制度が先にあっても宜しいが、個人が多数に目覚めて、その制度を我物として活かすのでなくては、制度も猫に小判ですから、私は先ず個人の自覚と努力とを特にそれの乏しい婦人の側に促しているのです。勿論大多数の人間がその気にならない限り、制度があっても大多数の人間が完全に貧困を免れることは出来ませんが、一人でも早く気が附いて努力すれば、その人は或程度までの経済的独立が得られるものだと信じます。不完全な独立であるにしても、在来のように女子が男子に寄食して遊民と奴隷との位地に堕落していたのに比ぶれば、既に内面的に独立生活の中にあるものです。「道を問うは既に道に入るなり」という意味において、確かにこのようにいうことが出来ると思います。
経済的独立ということを具体的にいえば、人間が心的に体的に、いずれかの労働に由って自ら物質的の生活を充たして行くことです。「今日の社会にあっては、その種類の何たるを問わず、遊手坐食はいずれの方面より観察するも断じて許さざる所である。……労働を重んずると賤《さげす》むとが新旧世界を分画する最も著明な境界線である」(滝本博士)という思想に何人《なんぴと》も異論はないと思います。
しかるに三女史とも共通の、もしくは個別的の種々の理由から、積極的もしくは消極的に女子の労働生活に反対されました。平塚、山田の二女史はこれを「詩人の空想だ」という風にまでいわれました。詩人の空想というものが、そのように安価にかつ悪い意味にのみ用いることの出来ないものであり、現実と離れた空想というものもないこと位は「美学」の一冊でも読んだ人たちには自明の事だと思いますが、姑《しばら》く二女史の常識的発言のままに従って置くとして、私は茲《ここ》に三女史に対してお答えします。
私は決して気紛《まぐ》れな妄想から経済的独立の可能をいうのではありません。子思《しし》は「あるいは生れながらにこれを知り、あるいは学んでこれを知り、あるいは困《くるし》んでこれを知る」といいましたが、私は実に早くから困んでこれを知ったのです。私は四、五歳の時から貧しい家庭の苦痛を知り初め、十一、二歳より家計に関係して、使用人の多い家業の労働に服しながら、二十二、三歳までの間に、あらゆる辛苦と焦慮とを経験して、幾度か破綻《はたん》に瀕《ひん》した一家を、老年の父母に代り、外に学んでいる兄や妹にも知らせずに、とにもかくにも私一人の微力で、一家を維持し整理して来たのです。他人が中年になって経験する経済生活の試錬を私は娘時代において嘗《な》め尽しました。或人においては、一生涯かかって経験する苦労を、私は誇張でなく、全く娘時代の十年間に凌《しの》いで来たと思っています。次で結婚生活に入って後の私の経済生活というものも、引き続いて多難なものであるのですが、これを娘時代の苦労に比べると非常に安易な心持を覚えます。こうして、私は私自身の薄弱な力の許す限り周囲に打克《うちか》って、細々《ほそぼそ》ながら自己の経済的独立を建てて来ました。これは毫《ごう》も自負のつもりでなく、私がこういう実証の上に立っているということの説明にいうのです。
しかし個人の経験を以て一般を推論することが往々誤謬に陥るとすれば、私は一条忠衛さんが近く富山県の漁
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