に門がある、そしてずつと奧に家があると云ふのであつた。見ると牧場の柵の樣な低い木の門が其處にある。マロニエの木が隙間もなく青青と兩側に立つて居た。然し人の通ふ道の上には草が多く生えて居る。右の掛《かか》りに鼠色のペンキで塗つた五坪位の平屋《ひらや》がある。硝子窓が廣く開けられて入口に石膏の白い粉が散ばつて居るので、一見|製作室《アトリエ》である事を自分達は知つた。けれど之は弟子達のそれであらう、床も天井も低い、テレビン油で汚れた黒い切の澤山落ちて居るこの狹い室が世界の帝王さへも神の樣に思つて居るロダン先生の製作室だとは入つて暫くの間自分には思はれなかつた。白い仕事着を着た頤鬚《あごひげ》のある、年若な、面長な顏の弟子らしい人と男達の話して居る間に、自分は眞中に置かれた出來上らない大きい女の石膏像を見て居た。矢張りロダン先生が此處で仕事をされるのであると思つた時自分の胸は轟《とゞろ》いた。半から腕の切り放されてある裸の女は云ひ樣もない清い面貌《おもわ》をして今や白熱の樣な生命《いのち》を與へられようとして居る。先生は巴里の家の方においでになつて夕方でないと歸られない、殊に今日は他家《よそ
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