右中央から]

   月を釣る
       (小曲卅五章)

[#改丁]
[#ここから2段組]

    釣

人は暑い昼に釣る、
わたしは涼しい夜《よる》に釣る。
流れさうで流れぬ糸が面白い、
水だけが流れる。
わたしの釣鈎《つりばり》に餌《ゑさ》は要《い》らない、
わたしは唯《た》だ月を釣る。


    人中

唯《た》だ一人《ひとり》ある日よりも、
大勢とゐる席で、
わが姿、しよんぼりと細《ほそ》りやつるる。
平生《へいぜい》は湯のやうに沸《わ》く涙も
かう云《い》ふ日には凍るやらん。
立枠《たてわく》模様の水浅葱《みづあさぎ》、はでな単衣《ひとへ》を著《き》たれども、
わが姿、人にまじればうら寂《さび》しや。


    炎日

わが家《いへ》の八月の日の午後、
庭の盥《たらひ》に子供らの飼ふ緋目高《ひめだか》は
生湯《なまゆ》の水に浮き上がり、
琺瑯色《はふらういろ》の日光に
焼釘《やけくぎ》の頭《あたま》を並べて呼吸《いき》をする。
その上にモザイク形《がた》の影を落《おと》す
静かに大きな金網。
木《こ》の葉は皆あぶら汗に光り、
隣の肥えた白い猫は
木の根に眠つたまま
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