たをやめの、たをやめの紅《あか》きくちびる。


    男

男こそ慰めはあれ、
おほぎみの側《そば》にも在りぬ、
みいくさに出《い》でても行《ゆ》きぬ、
酒《さか》ほがひ、夜通《よどほ》し遊び、
腹|立《だ》ちて罵《のゝし》りかはす。
男こそ慰めはあれ、
少女《をとめ》らに己《おの》が名を告《の》り、
厭《あ》きぬれば棄《す》てて惜《をし》まず。


    夢

わが見るは人の身なれば、
死の夢を、沙漠《さばく》のなかの
青ざめし月のごとくに。
また見るは、女にしあれば
消し難《がた》き世のなかの夢。


    男の胸

名工《めいこう》のきたへし刀
一尺に満たぬ短き、
するどさを我は思ひぬ。
あるときは異国人《とつくにびと》の
三角の尖《さき》あるメスを
われ得《え》まく切《せち》に願ひぬ。
いと憎き男の胸に
利《と》き白刄《しらは》あてなん刹那《せつな》、
たらたらと我袖《わがそで》にさへ
指にさへ散るべき、紅《あか》き
血を思ひ、我《わ》れほくそ笑《ゑ》み、
こころよく身さへ慄《ふる》ふよ。
その時か、にくき男の
云《い》ひがたき心|宥《ゆる》さめ。
しかは云《い》へ、
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