の音《ね》のはらはらと
螽斯《ばつた》の雨が降りかかる。
寄席《よせ》の手前の枳殻垣《きこくがき》、
わたしは一人《ひとり》、灯《ひ》の暗い、
狭い湯殿で湯をつかひ、
髪を洗へば夜《よ》が更ける。


    渋谷にて

こきむらさきの杜若《かきつばた》
採《と》ろと水際《みぎは》につくばんで
濡《ぬ》れた袂《たもと》をしぼる身は、
ふと小娘《こむすめ》の気に返る。
男の机に倚《よ》り掛り、
男の遣《つか》ふペンを執《と》り、
男のするよに字を書けば、
また初恋の気に返る。


    浜なでしこ

逗子《づし》の旅からはるばると
浜なでしこをありがたう。
髪に挿せとのことながら、
避暑地の浜の遊びをば
知らぬわたしが挿したなら、
真黒《まつくろ》に焦げて枯れませう。
ゆるい斜面をほろほろと
踏めば崩れる砂山に、
水著《みづぎ》すがたの脛白《はぎじろ》と
なでしこを摘む楽しさは
女のわたしの知らぬこと。
浜なでしこをありがたう。


    恋

むかしの恋の気の長さ、
のんべんくだりと日を重ね、
互《たがひ》にくどくど云《い》ひ交《かは》す。

当世《たうせい》の恋のはげしさよ、

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