紅《うすあか》き、白き、
とりどりの石の柱ありて倚《よ》りしを、
花束と、没薬《もつやく》と、黄金《わうごん》の枝の果物と、
我が水鏡《みづかゞみ》する青玉《せいぎよく》の泉と、
また我に接吻《くちづ》けて羽羽《はば》たく白鳥《はくてう》と、
其等《それら》みな我の傍《かたへ》を離れざりしを。

ああ、我が被眼布《めかくし》は落ちぬ。
天地《あめつち》は忽《たちま》ちに状変《さまかは》り、
うすぐらき中に我は立つ。
こは既に日の入《い》りはてしか、
夜《よ》のまだ明けざるか、
はた、とこしへに光なく、音なく、
望《のぞみ》なく、楽《たのし》みなく、
唯《た》だ大いなる陰影《かげ》のたなびく国なるか。

否《いな》とよ、思へば、
これや我が目の俄《には》かにも盲《し》ひしならめ。
古き世界は古きままに、
日は真赤《まつか》なる空を渡り、
花は緑の枝に咲きみだれ、
人は皆春のさかりに、
鳥のごとく歌ひ交《かは》し、
うま酒は盃《さかづき》より滴《したゝ》れど、
われ一人《ひとり》そを見ざるにやあらん。

否《いな》とよ、また思へば、幸ひは
かの肉色《にくいろ》の被眼布《めかくし》にこそあり
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