の上に部屋、
すべてが温泉|宿《やど》である。
そして、榛《はん》の若葉の光が
柔かい緑で
街全体を濡《ぬら》してゐる。

街を縦に貫く本道《ほんだう》は
雑多の店に縁《ふち》どられて、
長い長い石の階段を作り、
伊香保《いかほ》神社の前にまで、
H《エツチ》の字を無数に積み上げて、
殊更《ことさら》に建築家と絵師とを喜ばせる。


    市に住む木魂

木魂《こだま》は声の霊、
如何《いか》に微《かす》かなる声をも
早く感じ、早く知る。
常に時に先だつ彼女は
また常に若し。

近き世の木魂《こだま》は
市《いち》の中、大路《おほぢ》の
並木の蔭《かげ》に佇《たゝず》み、
常に耳を澄まして聞く。
新しき生活の
諧音《かいおん》の
如何《いか》に生じ、
如何《いか》に移るべきかを。

木魂《こだま》は稀《まれ》にも
肉身《にくしん》を示さず、
人の狎《な》れて
驚かざらんことを怖《おそ》る。
唯《た》だ折折《をりをり》に
叫び且《か》つ笑ふのみ。


    M氏に

小高《こだか》い丘の上へ、
何《なに》かを叫ぼうとして、
後《あと》から、後《あと》からと
駆け登つて行《ゆ》く人。

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