れとても人の中《うち》。
    ×
浪《なみ》のひかりか、月の出か、
寝覚《ねざめ》を照《てら》す、窓の中。
遠いところで鴨《かも》が啼《な》き、
心に透《とほ》る、海の秋。
宿は岬の松の岡《をか》。
    ×
十国《じつこく》峠、名を聞いて
高い所に来たと知る。
世《よ》離《はな》れたれば、人を見て
路《みち》を譲らぬ牛もある。
海に真赤《まつか》な日が落ちる。
    ×
すべての人を思ふより、
唯《た》だ一人《ひとり》には背《そむ》くなり。
いと寂《さび》しきも我が心、
いと楽しきも我が心。
すべての人を思ふより。
    ×
雲雀《ひばり》は揚がる、麦生《むぎふ》から。
わたしの歌は涙から。
空の雲雀《ひばり》もさびしかろ、
はてなく青いあの虚《うつ》ろ、
ともに已《や》まれぬ歌ながら。
    ×
鏡の間《ま》より出《い》づるとき、
今朝《けさ》の心ぞやはらかき。
鏡の間《ま》には塵《ちり》も無し、
あとに静かに映れかし、
鸚哥《インコ》の色の紅《べに》つばき。
    ×
そこにありしは唯《た》だ二日、
十和田の水が其《そ》の秋の
呼吸《いき》を猶《なほ》する、夢の中。
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