いくつき》も苦しい遣繰《やりくり》や
恥を忘れた借りを重ねて、
ああ、たうとう行《ゆ》きづまりました。
人は私達の表面《うはべ》を見て、
くらしむきが下手《へた》だと云《い》ふでせう。
もちろん、下手《へた》に違ひありません、
でも、これ以上に働くことが
私達に出来るでせうか。
また働きに対する報酬の齟齬《そご》を
これ以下に忍ばねばならないと云《い》ふことが
怖《おそ》ろしい禍《わざはひ》でないでせうか。
少なくとも、私達の大勢の家族が
避け得られることでせうか。
今日《けふ》は勿論《もちろん》家賃を払ひませなんだ、
その外《ほか》の払ひには
二月《ふたつき》まへ、三月《みつき》まへからの借りが
義理わるく溜《たま》つてゐるのです。
それを延ばす言葉も
今までは当てがあつて云《い》つたことが
已《や》むを得ず嘘《うそ》になつたのでした。
しかし、今日《けふ》こそは、
嘘《うそ》になると知つて嘘《うそ》を云《い》ひました。
どうして、ほんたうの事が云《い》はれませう。
何《なに》も知らない子供達は
今日《けふ》の天長節を喜んでゐました。
中にも光《ひかる》は
明日《あす》の自分の
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