其時《そのとき》また、きり……きり……きり……きり……

「追つて遣《や》らう、
今夜なんか這入《はひ》[#ルビの「はひ」は底本では「はい」]られては、
こちらから謝らなければならない」
と云《い》つて、良人《をつと》は、
笑ひながら立ち上がつた。

私は筆を止《や》めずにゐる。
私には今の、嵐《あらし》の中で戸を切る、
臆病《おくびやう》な、低い、そして真剣な音が
自分の仕事の伴奏のやうに、[#「やうに、」は底本では「やうに。」]
ぴつたりと合つて快い。

もう女中も寝たらしく、
良人《をつと》は次の間《ま》で、
みづから燐寸《まつち》を擦つて、
そして手燭《てしよく》と木太刀《きだち》とを提《さ》げて、
廊下へ出て行つた。

間《ま》も無く、ちり、りんと鈴が鳴つて、
門の潜《くゞ》り戸が幽《かす》かに開《あ》いた。
「逃げたのだ、泥坊が」と、
私は初めてはつきり
嵐《あらし》の中の泥坊に気が附《つ》いた。

私達の財嚢《ぜにいれ》には、今夜、
小さな銀貨一枚しか無い。
私は私達の貧乏の惨めさよりも、
一人《ひとり》の知らぬ男の無駄骨を気の毒に思ふ。
きり……きり……きり……きり
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