しさ、
後ろを見捨て、死を忘れ。
片時《かたどき》やまぬ新らしい
力となつて飛んで行《ゆ》く、
前へ、未来へ、ましぐらに。


    暗殺酒鋪《キヤバレエ・ダツサツサン》
[#地から3字上げ](巴里モンマルトルにて)

閾《しきゐ》を内へ跨《また》ぐとき、
墓窟《カバウ》の口を踏むやうな
暗い怖《おび》えが身に迫る。

煙草《たばこ》のけぶり、人いきれ、
酒類《しゆるゐ》の匂《にほ》ひ、灯《ひ》の明《あか》り、
黒と桃色、黄と青と……

あれ、はたはたと手の音が
きもの姿に帽を著《き》た
わたしを迎へて爆《は》ぜ裂ける。

鬼のむれかと想《おも》はれる
人の塊《かたまり》、そこ、かしこ。
もやもや曇る狭い室《しつ》。
    ×
淡い眩暈《めまひ》のするままに
君が腕《かひな》を軽く取り、
物|珍《めづ》らしくさし覗《のぞ》く
知らぬ人等《ひとら》に会釈して、
扇で半《なか》ば頬《ほ》を隠し、
わたしは其処《そこ》に掛けてゐた。

ボウドレエルに似た像が
荒い苦悶《くもん》を食ひしばり、
手を後ろ手《で》に縛られて
煤《すゝ》びた壁に吊《つる》された、
その足もとの横長い
粗木《あら
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