夜通《やどほ》[#ルビの「やどほ」はママ]し涙に濡《ぬ》れた
気高《けだか》い、清い目を
世界が今|開《あ》けました。
おお、夏の暁《あかつき》、
この暁《あかつき》の大地の美しいこと、
天使の見る夢よりも、
聖母の肌よりも。

海峡には、ほのぼのと
白い透綾《すきや》の霧が降つて居ます。
そして其処《そこ》の、近い、
黒い暗礁の
疎《まば》らに出た岩の上に
鷺《さぎ》が五六|羽《は》、
首を羽《はね》の下に入《い》れて、
脚《あし》を浅い水に浸《つ》けて、
じつとまだ眠つてゐます。
彼等を驚かさないやうに、
水際《みづぎは》の砂の上を、そつと、
素足で歩《あ》るいて行《ゆ》きませう。

まあ、神神《かう/″\》しいほど、
涼しい風だこと……
世界の初めにエデンの園で
若いイヴの髪を吹いたのも此《この》風でせう。
ここにも常に若い
みづみづしい愛の世界があるのに、
なぜ、わたし達は自由に
裸のままで吹かれて行《ゆ》かないのでせう。
けれど、また、風に吹かれて、
帆のやうに袂《たもと》の揚がる快さには
日本の著物《きもの》の幸福《しあはせ》が思はれます。

御覧《ごらん》なさい、
わた
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