苔《こけ》の上に横たはり、
われは上衣《うはぎ》を脱ぎて
※[#「木+無」、第3水準1−86−12]《ぶな》の根がたに蹲踞《うづくま》りぬ。
快き静けさよ、かなたの梢《こずゑ》に小鳥の高音《たかね》……
近き涼風《すゞかぜ》の中に立麝香草《たちじやかうさう》の香り……
わが心は宮《みや》の中《うち》に見たる
ルイ王とナポレオン皇帝との
華麗と豪奢《がうしや》とに酔《ゑ》ひつつあり。
后《きさき》達の寝室の清清《すがすが》しき白と金色《こんじき》……
モリエエルの演じたる
宮廷劇場の静かな猩猩緋《しやう/″\ひ》……
されど、楽しきわが夢は覚めぬ。
目まぐるしき過去の世紀は
かの王后《わうこう》の栄華と共に亡びぬ。
わが目に映るは今
脆《もろ》き人間の外《ほか》に立てる
※[#「木+無」、第3水準1−86−12]《ぶな》の大樹と石の卓とばかり。
ああ、われは寂《さび》し、
わが追ひつつありしは
人間の短命の生《せい》なりき。
いでや、森よ、
われは千年の森の心を得て、
悠悠《いう/\》と人間の街に帰るよしもがな。
仏蘭西の海岸にて
さあ、あなた、磯《いそ》へ出ませう、
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