じつと抑《おさ》へる心もち。

それに、わたしの好きなのは、
白蝋《はくらふ》の灯《ひ》にてらされた
夢見ごころの長襦袢《ながじゆばん》、
この匂《にほ》はしい明りゆゑ、
君なき閨《ねや》もみじろげば
息づむまでに艶《なまめ》かし。

児等《こら》が寝すがた、今一度、
見まはしながら灯《ひ》をば消し、
寒い二月の床《とこ》のうへ、
こぼれる脛《はぎ》を裾《すそ》に巻き、
つつましやかに足曲げて、
夜著《よぎ》を被《かづ》けば、可笑《をか》しくも
君を見初《みそ》めたその頃《ころ》の
娘ごころに帰りゆく。

旅の良人《をつと》も、今ごろは
巴里《パリイ》の宿のまどろみに、
極楽鳥の姿する
わたしを夢に見てゐるか。


    東京にて

わたしはあまりに気が滅入《めい》る。
なんの自分を案じましよ、
君を恋しと思ひ過ぎ、
引き立ち過ぎて気が滅入《めい》る。

「初恋の日は帰らず」と、
わたしの恋の琴の緒《を》に
その弾き歌は用が無い。
昔にまさる燃える気息《いき》。

昔にまさるため涙。
人目をつつむ苦しさに、
鳴りを沈めた琴の絃《いと》、
じつと哀《かな》しく張り詰める。

巴里《パリ
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