堅く鎖《とざ》して入《い》るべき口も無し。
もとの硝子《がらす》窓に寄りて足ずりする時、
第三のわが影、艫《とも》の方《かた》の渦巻く浪《なみ》にまじり、
青白く長き手に抜手《ぬきで》きつて泳ぎつつ、
「は、は、は、は、そは皆物好きなるわが夫《せ》の君のわれを試《た》めす戯れぞ」と笑ひき。
覚めて後《のち》、我はその第三の我を憎みて、
日《ひ》ひと日《ひ》腹だちぬ。


    ひとり寝

良人《をつと》の留守の一人《ひとり》寝に、
わたしは何《なに》を著《き》て寝よう。
日本の女のすべて著《き》る
じみな寝間著《ねまき》はみすぼらし、
非人《ひにん》の姿「死」の下絵、
わが子の前もけすさまじ。

わたしは矢張《やはり》ちりめんの
夜明《よあけ》の色の茜染《あかねぞめ》、
長襦袢《ながじゆばん》をば選びましよ。
重い狭霧《さぎり》がしつとりと
花に降るよな肌ざはり、
女に生れたしあはせも
これを著《き》るたび思はれる。

斜《はす》に裾《すそ》曳《ひ》く長襦袢《ながじゆばん》、
つい解けかかる襟もとを
軽く合せるその時は、
何《なん》のあてなくあこがれて
若さに逸《はや》るたましひを

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