[#改丁]
[#ここから2段組]

    別離

退船《たいせん》の銅鑼《どら》いま鳴り渡り、
見送《みおくり》の人人《ひとびと》君を囲めり。
君は忙《せは》しげに人人《ひとびと》と手を握る。
われは泣かんとはづむ心の毬《まり》を辛《から》くも抑《おさ》へ、
人人《ひとびと》の中を脱《ぬ》けて小走《こばし》りに、
うしろの甲板《でつき》に隠《かく》るれば、
波より射返《いかへ》す白きひかり墓の如《ごと》し。

この二三分………四五分の寂《さび》しさ、
われ一人《ひとり》のけ者の如《ごと》し、
君と人人《ひとびと》とのみ笑ひさざめく。
恐らく遠く行《ゆ》く旅の身は君ならで、
この寂《さび》しき、寂《さび》しき我ならん。

退船《たいせん》の銅鑼《どら》又ひびく。
残刻《ざんこく》に、されどまた痛快に、
わが一人《ひとり》とり残されし冷たき心を苛《さいな》むその銅鑼《どら》……

込み合へる人人《ひとびと》に促され、押され、慰められ、
我は力なき毬《まり》の如《ごと》く、ふらふらと船を下《くだ》る。
乗り移りし小蒸汽《こじようき》より見上ぐれば、
今更に※[#「執/れっか」、231−下−
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