ぶ》く艶《つや》を消してゐる。

そして所所《ところどころ》に
幾つかの
不格好《ぶかくかう》な胴像《トルソ》が
どれも痛痛《いたいた》しく
手を失ひ、
脚《あし》を断たれて、
真白《まつしろ》な胸に
黒い血をにじませながら立つてゐる。

それは枝を払はれたまま、
じつと、いきんで、
死なずに春を待つてゐる
太い櫟《くぬぎ》の幹である。
たとへば私達のやうな者である。


    雪の上の鴉

鴉《からす》、鴉《からす》、
雪の上の鴉《からす》、
近い処に一羽《いちは》、
少し離れて十四五|羽《は》。

鴉《からす》、鴉《からす》、
雪の上の鴉《からす》、
半紙の上に黒く
大人《おとな》が書いた字のやうだ。

鴉《からす》、鴉《からす》、
雪の上の鴉《からす》、
「かあ」と一羽《いちは》が啼《な》けば
寂《さび》しく「かあ」と皆が啼《な》く。

鴉《からす》、鴉《からす》、
雪の上の鴉《からす》、
餌《ゑさ》が無いのでじいつと
動きもせねば飛びもせぬ。

[#ここで段組終わり]
[#改丁]
[#ページの左右中央から]

   西土往来
       (欧洲旅行前及び旅中の詩廿九章)


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