虐殺なり、喪《も》なり。

街街《まちまち》の柳の葉を揺《ゆ》り落して、
錆《さ》びたる銅線の如《ごと》く枝のみを慄《ふる》はしめ、
園《その》の菊を枝炭《えだずみ》の如《ごと》く灰白《はいじろ》ませ、
家畜の蹄《ひづめ》を霜の上にのめらしめて、
ああ猶《なほ》飽くことを知らざるや、冬よ。

冬は更に人間を襲ひて、
先《ま》づわが家《いへ》に来《きた》りぬ。
冬は風となりて戸を穿《うが》ち、
縁《えん》よりせり出し、
霜となりて畳に潜《ひそ》めり。

冬はインフルエンザとなり、
喘息《ぜんそく》となり、
気管支炎となり、
肺炎となりて、
親と子と八人《はちにん》を責め苛《さいな》む。

わが家《いへ》は飢ゑと死に隣《となり》し、
寒さと、※[#「執/れっか」、225−下−11]《ねつ》と、咳《せき》と、
※[#「執/れっか」、225−下−12]《ねつ》の香《か》と、汗と、吸入《きふにふ》の蒸気と、
呻吟《しんぎん》と、叫びと、悶絶《もんぜつ》と、
啖《たん》と、薬と、涙とに満《み》てり。

かくて十日《とをか》……猶《なほ》癒《い》えず
ああ我心《わがこゝろ》は狂はんとす、
短劔《
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