かなたには青物の畑《はた》海の如《ごと》く、
午前の日、霜に光れり。
われらが前を過ぎ去りし
農夫とその荷車とは
畑中《はたなか》の路《みち》の涯《はて》に
今、脂色《やにいろ》の点となりぬ。
物をな云《い》ひそ、君よ、
味《あぢは》ひたまへ、この刹那《せつな》、
二人《ふたり》を浸《ひた》す神妙の
黙《もく》の趣《おもむき》……
腐果
白がちのコバルトの
うす寒き師走《しはす》の夜《よ》、
書斎の隅なる
セエヴルの鉢より
幾つかのくわりんの果《み》は身動《みじろ》げり。
あはれ百合《ゆり》よりも甘し、
鈴蘭《すゞらん》よりも清し、
あはれ白き羽二重の如《ごと》く軽《かる》し、
黄金《きん》の針の如《ごと》く痛し、
熟したるくわりんの果《み》のかをり。
くわりんの果《み》に迫るは
つれなき風、からき夜寒《よさむ》、
あざ笑ふ電灯のひかり、
いづこぞや、かの四月の太陽は、
かの七月の露は。
されど、今、くわりんの果《み》には
苦痛と自負と入りまじり、
空《むな》しく腐らじとする
その心《しん》の堪《こら》へ力《ぢから》は
黄なる蛋白石《オパアル》[#「蛋白石」は底本
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