じつと
其等《それら》の香《か》の中に浸《ひた》る。
またやがて浸《ひた》ると云《い》はう、
爽《さは》やかに美しい大自然の
悠久《いうきう》の中に。
此《こ》の小《ち》さい私の感激を
人の言葉に代へて云《い》ふ者は、
私の側《そば》に立つて
紅《あか》い涙を著《つ》けたやうな
ひとむらの犬蓼《いぬたで》の花。
海峡の朝
十一月の海の上を通る
快い朝方《あさがた》の風がある。
それに乗つて海峡を越える
無数の桃色の帆、金色《こんじき》の帆、
皆、朝日を一《いつ》ぱいに受けてゐる。
わたしはたつた一人《ひとり》
浜の草原《くさはら》に蹲踞《しやが》んで、
翡翠色《ひすゐいろ》の海峡に
あとから、あとからと浮《うき》出して来る
船の帆の花片《はなびら》に眺め入《い》る。
わたしの周囲には、
草が狐色《きつねいろ》の毛氈《まうせん》を拡げ、
中には、灌木《かんぼく》の
銀の綿帽子を著《つ》けた杪《こずゑ》や
牡丹色《ぼたんいろ》の茎が光る。
後ろの方では、
何処《どこ》の街の工場《こうば》か、
遠い所で一《ひと》しきり、
甘えるやうな汽笛の音《おと》が
長い金属の線を空
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