《がいだう》の丈《たけ》高き欅《けやき》の並木に迷ひ、
籾《もみ》する石臼《いしうす》の音、近所|隣《となり》にごろごろとゆるぎ初《そ》むれば、
「とつちやん[#「とつちやん」は底本では「とつちんや」]」と小《ちさ》き末《すゑ》娘に呼ばれて、門先《かどさき》の井戸の許《もと》に鎌磨《かまと》ぐ老爺《おやぢ》もあり。
かかる時、たとへば渋谷の道玄坂の如《ごと》く、
突きあたりて曲る、行手《ゆくて》の見えざる広き坂を、
今結びし藁鞋《わらぢ》の紐《ひも》の切目《きりめ》すがすがしく、
男も女も脚絆《きやはん》して足早《あしばや》に上《のぼ》りゆく旅姿こそをかしからめ。
葡萄《ぶだう》いろの秋の空の、されど又さびしきよ。
われを父母《ちゝはゝ》ありし故郷《ふるさと》の幼心《をさなごゝろ》に返し、
恋知らぬ素直なる処女《をとめ》の如《ごと》くにし、
中《なか》六番町の庭の無花果《いちじく》[#「無花果」は底本では「無果花」]の木の下《もと》、
手を組みて云《い》ひ知らぬ淡《あは》き愁《うれひ》に立たしめぬ、
おそらくは此朝《このあさ》の無花果《いちじく》のしづくよ、すべて涙ならん。
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