麦の畝《うね》の風に逆《さか》ふ如《ごと》く。
さて長き磯《いそ》の上に
拡がり、拡がる、
しろがねの網《あみ》として。

波は幾度《いくたび》もくり返し
奇《く》しき光の魚《うを》を抱かんとす。
されど網《あみ》を知らで、
常に高く彼処《かしこ》に光りぬ、
初秋《はつあき》の月。


    優しい秋

誇りかな春に比べて、
優しい、優しい秋。
目に見えない刷毛《はけ》を
秋は手にして、
日蔭《ひかげ》の土、
風に吹かれる雲、
街の並木、
茅《かや》の葉、
葛《かづら》の蔓《つる》、
雑草の花にも、
一つ一つ似合はしい
好《よ》い色を択《えら》んで、
まんべんなく、細細《こまごま》と、
みんなを彩《ゑど》つて行《ゆ》く。
御覧《ごらん》よ、
その畑《はたけ》に並んだ、
小鳥の脚《あし》よりも繊弱《きやしや》な
蕎麦《そば》の茎にも、
夕焼の空のやうな
美《うつ》くしい臙脂紫《ゑんじむらさき》……
これが秋です。
優しい、優しい秋。


    コスモスの花

少し冷たく、匂《にほ》はしく、
清く、はかなく、たよたよと、
コスモスの花、高く咲く。
秋の心を知る花か、
うすももいろに高く
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