油を煮たぎらし、
呪《のろ》ひごとする悪の蝉《せみ》。

重い苦患《くげん》に身悶《みもだ》えて、
鉄の鎖をゆする蝉《せみ》。

悟りめかして、しゆ、しゆ、しゆ、しゆと
水晶の珠数《じゆず》を鳴らす蝉《せみ》。

思ひ出しては一《ひと》しきり
泣きじやくりする恋の蝉《せみ》。

蝉《せみ》、蝉《せみ》、蝉《せみ》、蝉《せみ》、
※[#「執/れっか」、207−下−1]《あつ》い真夏の日もすがら、
蝉《せみ》の音《ね》は
啼《な》き止《や》んで、また啼《な》き次ぐ。

さて誰《だれ》が知ろ、
啼《な》かず、叫ばず、ただひとり
蔭《かげ》にかくれて、微《かす》かにも
羽ばたきをする雌《めす》の蝉《せみ》。


    新秋

朝露《あさつゆ》のおくままに、天地《あめつち》は
サフイイルと、青玉《せいぎよく》と
真珠を盛つたギヤマンの室《しつ》。
朝の日の昇るまま、天地《あめつち》は
黄金《わうごん》と、しろがねと
珊瑚《さんご》をまぜたモザイクの壁。
その中に歌ふトレモロ――秋の初風《はつかぜ》。


    初秋《はつあき》の歌

初秋《はつあき》は来《き》ぬ、白麻《しらあさ》の
明るき蚊
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