》は掛かつてゐた。
誰《た》れがおまへを気にしよう[#「しよう」は底本では「しやう」]、
置き去《ざ》りにされ、
家《いへ》と一所《いつしよ》に揺れ、
風下《かざしも》の火事の煙《けぶり》を浴びながら。
もし私の家《うち》も焼けてゐたら、
簾《すだれ》よ、おまへが
第一の犠牲となつたであらう。
三日目に家《うち》に入《はひ》つた私が
蘇生《そせい》の喜びに胸を躍らせ、
さらさらと簾《すだれ》を巻いて、
二階から見上げた空の
大きさ、青さ、みづみづしさ。
簾《すだれ》は古く汚《よご》れてゐる、
その糸は切れかけてゐる。
でも、なつかしい簾《すだれ》よ、
共に災厄《さいやく》をのがれた簾《すだれ》よ、
おまへを手づから巻くたびに、
新しい感謝が
四年前の九月のやうに沸《わ》く。
おまへも私も生きてゐる。
虫干の日に
虫干《むしぼし》の日に現れたる
女の帽のかずかず、
欧羅巴《ヨオロツパ》の旅にて
わが被《き》たりしもの。
おお、一千九百十二年の
巴里《パリイ》の流行《モオド》。
リボンと、花と、
羽《はね》飾りとは褪《あ》せたれど、
思出《おもひで》は古酒《こしゆ》の如《
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