伊豆、安房の
各地に生き残つた者の心に、
どうして、のんきらしく、
あの日を振返る余裕があらう。
私達は誰《たれ》も、誰《たれ》も、
あの日のつづきにゐる。
まだまだ致命的な、
大きな恐怖のなかに、
刻一刻ふるへてゐる。
激震の急襲、
それは決して過ぎ去りはしない、
次の刹那《せつな》に来る、
明日《あす》に、明後日《あさつて》に来る。
私達は油断なく其《そ》れに身構へる。
喪《も》から喪《も》へ、
地獄から地獄へ、
心の上のおごそかな事実、
ああこの不安をどうしよう、
笑ふことも出来ない、
紛らすことも出来ない、
理詰で無くすることも出来ない。
若《も》しも誰《たれ》かが
大平楽《たいへいらく》[#「大平楽」はママ]な気分になつて、
もう一年《いちねん》たつた今日《こんにち》、
あのやうなカタストロフは無いと云《い》ふなら、
それこそ迷信家を以《もつ》て呼ばう。
さう云《い》ふ迷信家のためにだけ、
有ることの許される
九月|一日《いちじつ》、地震の記念日。
古簾
今年も取出《とりだ》して掛ける、
地震の夏の古い簾《すだれ》。
あの時、皆が逃げ出したあとに
この簾《すだれ
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