く濁流を胸がすく程じつと眺める。
膝《ひざ》ぼしまで水に漬《つか》つた郵便配達夫を
人の木が歩いて来たのだと見ると、
濡《ぬ》れた足の儘《まゝ》廊下で跳《をど》り狂ふ子供等は
真鯉《まごひ》の子のやうにも思はれた。
ときどき不安と驚奇《きやうき》との気分の中で、
今日《けふ》の雨のやうに、
物の評価の顛倒《ひつくりかへ》るのは面白い。


    すいつちよ

青いすいつちよよ、
青い蚊帳《かや》に来て啼《な》く青いすいつちよよ、
青いすいつちよの心では
恋せぬ昔の私と思ふらん、
寂《さび》しい寂《さび》しい私と思ふらん。
思へば和泉《いづみ》の国にて聞いたその声も
今聞く声も変り無し、
きさくな、世《よ》づかぬ小娘の青いすいつちよよ。

[#1行アキは底本ではなし]青いすいつちよよ、
青いすいつちよは、なぜ啼《な》きさして黙《だま》るぞ。
わたしの外《ほか》に聞き慣れぬ男の気息《いき》に羞《はぢ》らふか、
やつれの見えるわたしの頬《ほ》、
ほつれたるわたしの髪をじつと見て、
虫の心も咽《むせ》んだか。

青いすいつちよよ、
何《なに》も歎《なげ》くな、驚くな、
わたしはすべて幸福《し
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