つゑ》を振り振り駆けて来た。
そよろと匂《にほ》ふ追風《おひかぜ》に、
枳殻《きこく》の若芽、けしの花、
青梅《あをうめ》の実も身をゆする。

初夏《はつなつ》が来た、初夏《はつなつ》は
五行ばかりの新しい
恋の小唄《こうた》をくちずさみ、
女の呼吸《いき》のする窓へ、
物を思へど、蒼白《あをじろ》い
百合《ゆり》の陰翳《かげ》をば投げに来た。


    夏の女王

おお、暑い夏、今年の夏、
ほんとうに夏らしい夏、
不足の言ひやうのない夏、
太陽のむき出しな
心臓の皷動《こどう》に調子を合せて、
万物が一斉に
うんと力《りき》み返り、
肺|一《いつ》ぱいの息を太くつき
たらたらと汗を流し、
芽と共に花を、
花と共に香りを、
愛と共に歌を、
歌と共に踊りを、
内から投げ出さずにゐられない夏、
金色《こんじき》に光る夏、
真紅《しんく》に炎上する夏、
火の粉《こ》を振撒《ふりま》く夏、
機関銃で掃射する夏、
沸騰する焼酎《せうちう》の夏、
乱舞する獅子頭《ししかしら》の夏、
かう云《い》ふ夏のあるために
万物は目を覚《さま》し、
天地《てんち》初生《しよせい》の元気を復活し、
救はれる、
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