、
踊《をどり》、
身をば斜めに
袂《たもと》をかざし、
振れば逆《さか》らふ風《かぜ》も無い、
派手に優しい女の踊《をどり》。
踊《をどり》、
踊《をどり》、
鍬《くは》を執《と》る振《ふり》、
糸引く姿、
そして世の中いつまでも
円《まる》く輪を描《か》く子供の踊《をどり》。
砂の上
「働く外《ほか》は無いよ、」
「こんなに働いてゐるよ、僕達は、」
威勢のいい声が
頻《しき》りに聞《きこ》える。
わたしは其《その》声を目当《めあて》に近寄つた。
薄暗い砂の上に寝そべつて、
煙草《たばこ》の煙を吹きながら、
五六人の男が[#「男が」は底本では「男か」]
おなじやうなことを言つてゐる。
わたしもしよざいが無いので、
「まつたくですね」と声を掛けた。
すると、学生らしい一人《ひとり》が
「君は感心な働き者だ、
女で居ながら、」
斯《か》うわたしに言つた。
わたしはまだ働いたことも無いが、
褒《ほ》められた嬉《うれ》しさに
「お仲間よ」と言ひ返した。
けれども、目を挙げると、
その人達の塊《かたまり》の向うに、
夜《よる》の色を一層濃くして、
まつ黒黒《くろぐろ》と
大勢の人間が坐《すわ》つてゐる。
みんな黙つて俯《うつ》向き、
一秒の間《ま》も休まず、
力いつぱい、せつせと、
大きな網を編んでゐる。
三十女の心
三十女《さんじふをんな》の心は
陰影《かげ》も、煙《けぶり》も、
音も無い火の塊《かたまり》、
夕焼《ゆふやけ》の空に
一輪|真赤《まつか》な太陽、
唯《た》だじつと徹《てつ》して燃えてゐる。
わが愛欲
わが愛欲は限り無し、
今日《けふ》のためより明日《あす》のため、
香油をぞ塗る、更に塗る。
知るや、知らずや、恋人よ、
この楽しさを告げんとて
わが唇を君に寄す。
今夜の空
今夜の空は血を流し、
そして俄《には》かに気の触れた
嵐《あらし》が長い笛を吹き、
海になびいた藻《も》のやうに
断《た》えずゆらめく木の上を、
海月《くらげ》のやうに青ざめた
月がよろよろ泳ぎゆく。
日中の夜
真昼のなかに夜《よる》が来た。
空を行《ゆ》く日は青ざめて
氷のやうに冷えてゐる。
わたしの心を通るのは
黒黒《くろぐろ》とした蝶《てふ》のむれ。
人に
新たに活《い》けた薔薇《ばら》ながら
古い香りを立ててゐる。
初めて聞いた言葉にも
昨日《きのふ》の声がまじつてる。
真実心《しんじつしん》を見せたまへ。
寂寥
ほんに寂《さび》しい時が来た、
驚くことが無くなつた。
薄くらがりに青ざめて、
しよんぼり独り手を重ね、
恋の歌にも身が入《い》らぬ。
自省
あはれ、やうやく我心《わがこゝろ》、
怖《おそ》るることを知り初《そ》めぬ、
たそがれ時の近づくに。
否《いな》とは云《い》へど、我心《わがこゝろ》、
あはれ、やうやくうら寒し。
山の動く日
山の動く日きたる、
かく云《い》へど、人これを信ぜじ。
山はしばらく眠りしのみ、
その昔、彼等みな火に燃えて動きしを。
されど、そは信ぜずともよし、
人よ、ああ、唯《た》だこれを信ぜよ、
すべて眠りし女、
今ぞ目覚《めざ》めて動くなる。
一人称
一人称にてのみ物書かばや、
我は寂《さび》しき片隅の女ぞ。
一人称にてのみ物書かばや、
我は、我は。
乱れ髪
額《ひたひ》にも、肩にも、
わが髪ぞほつるる。
しほたれて湯滝《ゆだき》に打たるる心もち……
ほつとつく溜息《ためいき》は火の如《ごと》く且《か》つ狂ほし。
かかること知らぬ男、
我を褒《ほ》め、やがてまた譏《そし》るらん。
薄手の鉢
われは愛《め》づ、新しき薄手《うすで》の白磁の鉢を。
水もこれに湛《たた》ふれば涙と流れ、
花もこれに投げ入《い》るれば火とぞ燃ゆる。
恐るるは粗忽《そこつ》なる男の手に砕けんこと、
素焼の土器よりも更に脆《もろ》く、かよわく……
剃刀
青く、且《か》つ白く、
剃刀《かみそり》の刄《は》のこころよきかな。
暑き草いきれにきりぎりす啼《な》き、
ハモニカを近所の下宿にて吹くは憂《う》たて[#「たて」は底本では「れた」]けれども、
我が油じみし櫛笥《くしげ》の底をかき探れば、
陸奥紙《みちのくがみ》に包みし細身の剃刀《かみそり》こそ出《い》づるなれ。
煙草
にがきか、からきか、煙草《たばこ》の味。
煙草の味は云《い》ひがたし。
甘《うま》きぞと云《い》はば、粗忽《そこつ》者、
蜜《みつ》、砂糖の類《たぐひ》と思はん。
我は近頃《ちかごろ》煙草《たばこ》を喫《の》み習へど、
喫《の》むことを人に秘めぬ。
蔭口《かげぐち》に、男に似る
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