出来たらうと思ふんですがね、どんなに私の心安い本屋でもこれまで名の知れてない人の長い小説は引き受けてくれませんからね。』
『これさへ出来れば、これさへ出来ればと云つて居ましてね。』
 女は涙を袖で拭いて居ました。さうかと思ふとまた急に、
『坊ちやん、小母さんは貧乏でおみやがありませんね。』
 と大きい声で子に話かけたりもするのです。
『恥しいお話なんですが、今日なんか私の来ます時、あなた炊《た》いて置いて頂戴ねつて云つて来ましたお米はもう一合あまりなんですよ。二十日も三十日もお湯には入りませんし、Yさんはかう云つて下さるんですよ、おまへは昔の顔に似た処が一つもなくなつたつて。まあお腰巻を一つ買つても五十銭や六十銭かかりますからね、この間もね、小笠原さんと云ふ巡査の奥様の処へ行つてね、小母さん、私にお腰巻を頂戴ねつて云ひますとね、困つたね、私も一つよりかけがへがないんだけれどと云つて恵んでくれたんですよ。』
『××へは帰る気にはならないのかい。』
『一ぱし踏み出して来たんですもの。』
『前借が残つて居るのだつて。』
『ええ、けれど私はその三倍も儲をさせて来てやつたんですよ。こんなをかしな
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