拵へなすつてね、今日は動けないんですよ。』
 私は女に指を二寸程出して見せられるのを、先刻聞いた三里五里と同じやうに思つて眺めて居ました。
『ひどいものですね。』
 とまた女は云ひました。
『それは気の毒だ。』
『旅へ出て苦労ばかりしますよ。真実に。』
『あなたの国は何処だい。』
『お父様《とつつあん》は宇治なんです。』
『京のかね。』
『ええ、お母さんと云ふお方は九州の人で、それが私のやうに彼方此方とまごついて、東京へ来ましてお父様と一緒になつたのでせう。それから九州へ帰りまして商売[#「商売」は底本では「商買」]をしましたのですが、私の八つの時にお父様《とつつあん》は死にましたのです。そしてお母様は三人の子のある男を家へ入れたんですよ。その男に三軒も出してあつた店は皆つぶされてしまひまして、私は終ひに女郎にまで売られたのですよ。』
『さうかね。』
『Yさんがくはしいことをお話しましたさうですね。』
『少しは聞きましたがね、あの六百枚から書いておいでになつた小説を見ればよく解るのだらうけれど、そんな暇がないものだから。』
『さうですか、まあ厭だ。この間もね、今日はすつかり此方《こちら
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