あろう。好悪の感情はあってもその選択の権利が女子になかった時代であるから、好悪は一の感情として存在するだけで、それを死守する意力即ち貞操と名づけるまでの観念は成立たない訳である。
 これに反して男子には、嫉妬と共に女子を自己一人に服従せしめようとする思想、即ち貞操を女子に強いるという事が生じたに違いない。自分は如此《かくのごと》く直覚する。貞操の起原は男子の威圧からである。女子にあっては本来|被動的《うけみ》のものである。
 男子が一人で同時に幾人の女を独占することは丁度今もその遺風を伝えている土耳古《トルコ》帝の如きものであった。一夫多妻は最も元始的なものである。一夫多妻となれば多妻の間に嫉妬の生ずるのは当然である。女子も遅れて嫉妬を感ずるに到った。
 しかし浮動していた人間が土着する人間となり、「種族的階級」及び「家」という物を生ずるに到って、男女の関係は政治的経済的の関係と共に顛倒《てんとう》したらしい。この時代において男子は女の家に行って婚を求め、結婚した後も男子は女の家に通うのみで別に一家を創《はじ》めて共棲《きょうせい》することはなかった。女の家に入聟《いりむこ》となること
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