、後世の男子が我儘《わがまま》に玩弄物《がんろうぶつ》の如く女子を選ぶよりも、更に数層|甚《はなはだ》しい強圧即ち暴力を以て女子を掠奪《りゃくだつ》したのであるから、当時の女子に純潔を持《じ》することの出来なかった事は想像が附く。
 その当時の男女は食物を集める事と、舞踏し歌う事とに日を送ったが、男子は特に女子を奪うことに由って敵の男子と戦わねばならなかった。勿論当時の人間には国籍も住所も定《さだま》っていない。水草を追うて浮動する小部隊が錯落《さくらく》として散在した事であろう。今日|謂《い》う所の如き「家」とか「社会」とかいう観念のなかったのは勿論である。
 男子が他の男子と女の愛を競争し、一旦我手に掠奪した女を独占しようとするのは自然の性情である。其処に激烈な嫉妬が起ったに違いない。あるいは嫉妬は本来男子のものであって、それが女子の性情となったのは後世の事でないかとさえ思われる。
 女子に自ら純潔を持することの出来なかった時代に貞操の観念が女子に自発しようとは想われぬ。唯《た》だ女子の持っていたものは甲の男子を愛して乙の男子を厭《いと》うという自然の好悪《こうお》に過ぎなかったで
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