いている。哀れなる女よ、男と対等に歩もうとするには余《あま》りに遅れている。我我は早くこの径《こみち》より離れて追い縋《すが》りたい。
 総てに無自覚であった従来の女に貞操の合理的根拠を考えた者のないのは当然であるとして、あれだけ女子の貞操を厳しくいう我国の男子に、今日までまだ貞操を守らねばならぬ理由を説明した人のないのは不思議である。
 貞操の起原についてもまた我らは何の教えられる所もなかった。
 自分の乏しい智識で考えて見ると、元始的人間に貞操というような観念を自然に備えていたとは想像することが出来ない。古代に溯《さかのぼ》って見ればいずれの国民も一婦多夫であり、また一夫多妻であった。また家長族長としての権利を男よりも女の方が多数に所有していた。今でも西蔵《チベット》その他の未開国には一婦多夫と女の家長権とが古代の俤《おもかげ》を遺《のこ》している。文明国においても娼婦《しょうふ》や妓女《ぎじょ》のたぐいは一種の公認せられた一婦多夫である。一夫多妻に到ってはいずれの文明国にも男子の裏面に誰も認める如く現に保存されている。
 男子の本能の自躍するままに女子を選んだ元始的時代にあっては
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