。そうして自分は出来るだけ従順に働いて、忙《せわ》しい家業に心を尽していた。空想の別世界にも住んでいるが、現実の常識生活にも一点の批を打たれないようにしようというのが自分のその頃の痩《やせ》我慢であった。父が株券などに手を出して一時は危くなった家産を旧《もと》通りに挽回《ばんかい》することの出来たのも、大抵自分が十代から二十歳《はたち》の初へかけての気苦労の結果であった。そういう一家の危機を外に学んでいる兄や妹に今日が日までも一切知らせずに済《すま》すことが出来たのであった。
自分の処女時代は右のようにして終った。思いも寄らぬ偶然な事から一人の男と相知るに到って自分の性情は不思議なほど激変した。自分は初めて現実的な恋愛の感情が我身を焦《こが》すのを覚えた。その男と終《つい》に結婚した。自分の齢《とし》は二十四であった。
恋をし結婚をして以後の自分の観《み》る世界は処女の時に比べて非常に濶《ひろ》い快活なものとなった。娘の頃の自分の心持には僻《ひが》んだり、偏したり、暗かったりした事の多かったのに気が附いた。結婚をせねば領解の出来ない事柄の多いことも知った。
それから今日まで妻とし
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