せずともよいであろうに、自分の心持を領解してくれない両親の態度をあさましいと思って、心の内で泣いたことも多かった。
自分は生来《うまれつき》外出《そとで》を好まなかった所へ父母が其様《そんな》であるから、少しは意地にもなって、全く人目に触れない女になってしまおう、誰が勧めても頼んでも店の薄暗い物蔭以外には一歩も出まいと決めていた。そうでなくても、兄は東京に学んでいる。妹は京都に学んでいる。弟はまだ土地の中学にいる。店を初め一家の締め括《くく》りのために自分はどうしても両親を助けて家にいなければならなかった。人はお嫁に行《いっ》てから家政に苦労するのに、自分は反対に小娘の時から舅姑《しゅうとしゅうとめ》のような父母に仕えてあらゆる気苦労と労働とをしていた。そんな境遇にいたので異性と恋をするというような考も機会も全くなかった。従って貞操を汚すような男の誘惑というものも一切知らなかった。
それからこれは何時《いつ》かの『早稲田文学《わせだぶんがく》』へ載せた雑感の中にもちょっと書いた事であるが、自分は幼い時から動《やや》もすると死の不安に襲われて平生《へいぜい》少しの病気もない健かな身体
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