んの家の蔵のある六軒筋《ろくけんすぢ》の道から二本おきの幾本などと云ふおさやんの声を聞いて見ようかともよく思ひました。かなり感傷的になつて居ましたから其《その》声を聞いて泣いて見たいやうな気があつたらしく思はれます。其《その》時分からおさやんの美くしさは月々減じて行くやうに見えました。私にはそれも悲しいことであつたに違ひありません。私はおさやんが私よりも醜くなつて来たと聞くことが厭《いや》でなりませんでした。龍源の叔父が中浜《なかはま》の家を売ると言ふことで親類達が私の家などに寄つて相談して居るのを聞きまして、親類の人が皆可愛ゆがつて居たおさやんの家のさうなるのを誰か一人でも助けてやる人はないのかなどと思つて大人を憎くさへ思ひました。おさやんは手紙などをちつとも書かない人ですからどうして此頃《このごろ》は居るのか私は知りません。もう堺には居ないのでせうか、気の好《い》い遊び相手だつたおさやん。


私の見た少女 山太郎のおみきさん

山太郎のおみきさん

 私がこれまで少女時代のことを書きまして、初めて見た美しい友達と云ふやうなことがもう誰かのことに云つてありましたら、それはそれを書い
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