けれど何とも口に出しては云ひませんでした。それは今した喜びを直ちに打ち壊すやうなものであると思つたからでした。二人は其《その》日に限つてお祖母《ばあ》さんが入れて上げようと云ふものですから隠居所のお湯に入りました。そして上つて出た時に、私は縮緬の方のおさやんの帯が一寸《ちよつと》して見たくなりました。もとより意識して私はおさやんの帯で貝《かひ》の口《くち》を結んで後《うしろ》へ廻しましたそしておさやんの気の附かないうちにまた解いて置かうと思つて居ます所へもうおさやんが出て来ました。私は顔が真紅《まつか》になつてどうすることも出来ませんのでしたがおさやんはしらずに着物の紐をしめたりなどして居ました。
「それあんたの帯。」
「……」
「私の帯やわ。」
「………」
「かへしとくなはれ。」
 私は黙つたまゝ帯を解いておさやんに渡しましたが悲しくてなりませんでした。恥しくてなりませんでした。淋しい心持がしてなりませんでした。三十年経つた今でもおさやんの方の帯をして後《うしろ》へ廻してから前の方を撫でて見た時の縮緬の手触りがまた忘れられもしません。
 女学校へ入つたらおさやんと私は一所の教場になる
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