かひ》の街の北の西の端の海船《かいせん》と云ふ所へ、それも夏祭などのおよばれに行つて居ますと、同じ堺でも其処等辺《そこらへん》の人は私等を見知つて居ませんから、
「兄弟やらうけれど、姉《ねえ》さんが一番|綺麗《きれい》な子やな。」
などと云つたりして居ました。おさやんは私の母から私よりも大切なのかと思ふ程に可愛《かは》ゆがられて居ました。おさやんは庭から帰るやうなことをせずに私の家では家の人のやうに用の手伝ひなどをして居ました。
私はおさやんに関りのあることで恥しいことをお話ししなければなりません。私の七歳《ななつ》か八歳《やつつ》ぐらゐの時に、私の母の両親は極く近い所にある私の家の借家を隠居所にして居ました。龍源の叔母はよくおさやんを伴《つ》れて其《その》隠居所へ来て居ました。私もよく其処《そこ》へ行つて居ました。其《その》時分に女の子が江戸紫《えどむらさき》の無地の帯をすることが流行《はや》つて居たと見えまして、或時二人は自身達の帯の色が同じであることを発見して喜びました。けれどもおさやんのは縮緬《ちりめん》で私のはメリンス地でした。二人はまた其《その》事にも気が附いて来ました。
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