南さん
南《みなみ》みち子さんは丈の短い襟掛羽織《えりかけばおり》を着た人でした。今から三十年に近い昔の其《その》頃の風俗は、総ての子供が冬はさうした形の襟掛羽織を着て居たに違ひありませんのに、私が特に南さんの羽織の短かさばかりを、その人のなつかしさと共に何時《いつ》も思ひ出さずに居ないのは、南さんの着た羽織は誰のよりも綺麗《きれい》なものだつたからだらうと思ひます。外《ほか》の子は双子《ふたこ》や綿秩父《めんちゝぶ》や、更紗《さらさ》きやらこや、手織木綿《ておりもめん》の物を着て居ます中で、南さんは銘仙《めいせん》やめりんすを着て居ました。藍《あゐ》がちな紫地に小い紅色の花模様のあつたものや、紺地に葡萄茶《えびちや》のあらい縞《しま》のあるものやを南さんの着て居た姿は今も目にはつきりと残つて居ます。それに南さんは色の飽《あく》まで白い、毛の濃い人でしたから、どんなものでも似合つて見えたのであらうと思はれます。目の細い、鼻の高い、そしてよく締《しま》つた口元で、唇の紅《あか》い人でした。南さんは大分《だいぶ》に大きくなるまでおけし頭でした。併《しか》し私がまだおたばこぼんを結《ゆ
前へ
次へ
全79ページ中56ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング