濯に伴《つ》れて行つて貰ふ日のことです。五張《いつはり》、六張《むはり》の蚊帳を積んだ車の上に私等の兄弟は載せられます。下男やら店の丁稚《でつち》やらがそれを引いて行きますが、さすがに大通りは通らずに、六軒筋《ろくけんすぢ》と云つて両側に酒屋の蔵ばかりの建ち並んだ細い道を行きます。それでも道で人に逢ふと、
「するがやはんの蚊帳洗濯や。」
 かう云はれるのでした。一|行《かう》には母などは居ません。手伝ひ人の小母《をば》さん位が重《おも》な人で、女中や雇ひお婆さんなどばかりです。綺麗な水のしやぶしやぶと云ふ音と人々の笑ひさゞめく声と河原の白い砂と川口の向うに見える武庫《むこ》の連山が聯想されます。街の東の仕切になつて居るのは農人町川《のうにんまちがは》です。これは運河と言ふよりも溝の大きいやうなもので、黒い泥の所々にぶく/\と泡立つ水が溜つた臭い厭《いや》な所です。然《しか》しそれには関りもない広い快い田圃《たんぼ》はどの街筋の出口にもかかつた土橋や石橋の直ぐ向うに続いて居ます。河内《かはち》の生駒山《いこまやま》や金剛山《こんがうざん》の麓まで眺める目はものに遮られません。南は国境の葛
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