人の女中は、妹娘さんをやつとのことで伴《つ》れ出したと云ふことでした。けれど高い塀から飛んだので、大怪我《おほけが》をして居ると云ふことでした。
朝になつてから、私の父母は姉の家を引き上げて来ました。
「竹村さんに別条がなくておめでたう御座《ござ》います。」
と番頭が云ひますと、
「おかげでめでたいうちや。」
と父は云ふのでしたが、私は竹村の蔵が焼けてもよかつた、具清の娘さんが黒焦《くろこげ》の死骸などにならない方がよかつたと悲しがつて居ました。具清の死んだ若い女中の話も可哀想でした。前の晩に母親に送られて、実家からその主家へ帰つたのは、死に帰つたのだと云はれる丁稚も可哀想でなりませんでした。眼病をして居て逃げ惑つたらしいと云ふ若い手代《てだい》も哀れでした。具清の家は大きくて、城のやうな家なのでしたが、丁度《ちやうど》夏で酒作りをする蔵男《くらをとこ》の何百人は、播州《ばんしう》へ皆帰つて居た時だつたのださうです。娘さんの箪笥《たんす》が幾つも並んで焼けた所には、友染《いうぜん》の着物が、模様をそつくり濃淡で見せた灰になつて居たのが、幾重ねもあつたとか人は云ひました。焼跡は何年も何
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