られて飛び出したと云ふことを誰かが云ふてた。外《ほか》は皆死んだのやろけど。」
 こんな気味の悪いことを私は聞かないでは居られませんでした。人はことを大きく噂にするものであるとは、子供でももう知つて居ましたが、先刻《さつき》火の見で誰かが、具清は金持だから、大きい家が焼ける位のことは何でもないと云つて居たやうな、そんなのんきなことはもう思つて居られないと思ひました。
 具清の家の住居《すまゐ》と酒蔵の幾つかが焼けただけで、他家《よそ》へ火は伸びずに鎮火しました。ほい/\と門《かど》を走る人は、皆|先刻《さつき》と反対の方を向いて行くやうになりました。
「焼けた死骸に長い髪が附いて居たので娘さんと云ふことが解《わか》つた。」
「丁稚の死骸が可哀想やつた。」
 道行く人は口々にこんなことを云つて行きました。具清の家は両親のない二人の娘さんが主人だつたのです。その娘さんを番頭が余りに大切にして、家の戸閉りなどを厳重にしすぎてあつたために、誰も外へは出られなかつたのださうです。鍵を持つて居る老番頭が、最初に死んだので、外《ほか》の人はどうしやうもなかつたらしいと云ふことでした。けれど三十位の一
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