こ》だすか。」
「此処《ここ》です。」
 私は脇腹を手で押へました。
「盗賊《どろぼう》は私を箱へ入れて、支那《しな》へ伴《つ》れて行かうと思ひましてねえ。乗せられたのですよ船へ、船に酔ふと苦しいものですよ。目が赤くなつて、足がひよろひよろになつてしまふのです。」
 私は酒酔《さかゑひ》と船暈《ふなゑひ》を同じやうに思つて居たのです。
「そしたらひどい浪が起つて来てね、私の乗つた船が壊れてしまつたのです。私の入れられて居た箱も割れたので、丁度《ちやうど》よかつたけれど。私はそれでもう気を失つて居たのですがねえ、今度目を開いて見ると堺《さかひ》の浜だつたのです。」
「燈台が見えたのだすか。」
「ええ、夜でしたから青い青い灯が点《とも》つて居ましたよ。」
「それから鳳《ほう》さんの子になりやはつたのだすか。」
「ええ。」
「まあ可哀相な方《かた》。」
「継子なんて、ちつとも知りまへんだした。」
「気の毒だすなあ。」
 私の傍に居る人が四五人泣き出しました。さうすると誰も誰も誘ひ出されたやうに涙を零《こぼ》しました。嘘を云つた私までが熱い涙の流るのを覚えました。


私の生ひ立ち 六 火事

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