す。
浴衣を着て涼台《すゞみだい》へ出ますと、もう祭提灯《まつりちやうちん》で街々が明くなつて居ます。私の町内の提灯は、皆|冑《かぶと》の絵がかいてあるのでした。隣町は大と云ふ字、そのまた隣町は鳥居《とりゐ》と玉垣《たまがき》の絵だつたと覚えて居ます。私は正月の来る前の大三十日《おほみそか》の日よりも、この宵宮の晩の方が、どれ程嬉しかつたか知れません。紀州の和歌山から、国境の峠を越して来る祭客の中に交つて来る少女《をとめ》達、大阪から来る親類の少女《をとめ》達、其等《それら》は何《いづ》れも平常《ふだん》に逢ふことが稀で、大方は一年振で祭に出逢ふ人達なのですから、その一|行《かう》一|行《かう》が、明日から明後日《あさつて》へかけて、続続家へ着くことを想像するだけでも嬉しいのでした。何事に就《つ》きましても、正月からもう指折《ゆびをり》数へて毎日引き寄せたく思つた日が、いよいよ目の前に現はれて来るのですもの、来たらじつと捉《とら》へて放つまいと云ふやうに気が上《あが》るのです。大人達も皆嬉し相《さう》で、その夜は例よりも、長く長く涼台が門《かど》に出されてあります。一度|蚊帳《かや》
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