た。そして手を両方の袂《たもと》へ入れて燐寸《マツチ》を捜して居る。
『辻さんがいらつしやるからもう一日位よう御座んせう。』
 と山崎が云つた。
『一寸法師が居るから好《い》い。』
かう云つて桃|割《われ》の女は千代田草履をはたはたと音させた。
『汽車に乗つて今帰つたばかしなんですから。』[#改行を挿入]
 と男の云ふのはほんの口先だけであるらしい。
『あなたが行《ゆ》かなけりやつまらないから私は帰るわ。一緒に帰りませう。山崎さんと平井さんとで行つて来ると好《い》い。』[#「』」は底本では「」」]
『まああんなことを云つていらつしやる。勝間さんお決めなさいましよ。』
 と山崎が云つた。
『ぢや行《ゆ》きませうか。僕は横浜に居ることにして置いて貰はないと都合が悪いよ。』
 男はかう云つて、山崎と平井の顔を等分に見た。平井はおとなしく点頭《うなづ》いた。
『先生に判《わか》りはしませんよ。ねえお嬢様。お父様《とうさま》に仰《おつ》しやらしないでせう。』
 山崎が云ふとお嬢様は蓮葉らしく点頭《うなづ》いた。
『切符はもう買つたのですか。』
『買つたのよ。』
『それぢや僕も買つて来ませう。』

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