りで行つて参りますの。』
 と山崎が云ふ。
『箱根ですね、塔の沢ですね。』
 男が点頭《うなづ》きながら云ふと、
『湯元よ。』
 と桃|割《われ》の女は云つた。
『さうですか、もう汽車が出るのですか。』
『出やあしないわ。乗り遅れちやつたのよ、まだ一時間もあつてよ。』
『もう三十分になりましたよ。』
 と黒子《ほくろ》の女が云つた。
『御一緒にいらつしたらどうですか。勝間さん、小《ち》つぽけな宿屋ですよ。』
 先刻《さつき》から何か考へて居るやうだつた山崎が云つた。
『僕かい。』
 男は目を見張つてかう云つた。
『それが好《い》いわねえ。平井さん。』
 桃|割《われ》の女ははしやいだ声でかう云ふ。
『さうですね。』
 黒子《ほくろ》の女は沈んだ調子で云つた。
『いらつしやいよ、勝間さん、行つたつて好《い》いでせう。』
 桃|割《われ》の女は青磁色の薄い絹の襟巻の端に出た糸を指でむしりながら云ふ。先刻《さつき》から心持《こヽろもち》程頬の赤味が殖《ふゑ》たやうである。
『先生のお目玉が恐《こわ》いんですよ。ねえ山崎君。』
 かう云つて男は敷島を一本|袂《たもと》から出して口に銜《くは》へ
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