桃|割《われ》の女は前の女が倒れさうになる程二三度もその持つた袖を引つ張つた。
『さうですかしら、今日《けふ》いらつしやると書いてあつて。』
山崎と云ふ女は前の女に斯《かう》尋《たづね》て居る。
『書いてありませんでしたけれど、さうぢやないかと思つたのですよ。』
『それぢや当《あて》になりませんわ。』
と云つて山崎は笑ふ。
『山崎さん、田鶴子姫《たづこひめ》なんですよ、だから写真なんかとるんだわね。』
かう桃|割《われ》の女は云つて、袖を持つた手を放して少し前の方へ出た。
『よく見ませうよ、平生《ふだん》に見ようと思つたつて見られやしないのですから。』
黒子《ほくろ》の女は山崎の傍へ寄つてかう云つた。
『なんて間《ま》が好《い》いんでせう。』
と云つて桃割れの女は後《うしろ》を向いた。
『ほ、ほ、ほ。』
『まあお嬢さん。』
二人の女は笑ひながら赤い顔をして下を向いた。その傍に十四五と十二三の下髪《さげがみ》にした二人の娘を伴《つ》れて立つて居た老紳士はふいと待合室の方へ歩み去つた。横浜から汽車が着いて改札口から入《はい》つて来る人々は皆|足早《あしばや》に燕のやうに筋違《す
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